「一難去ってまた一難?~今度は網膜剥離です(T ^ T)~。」

2024年11月24日

私のモットーは、「人間万事塞翁が馬」。

この言葉を知ってからは、何があってもどんなに辛いことも、これはこれでこうなった方がいいからこうなっているのだと捉えられるようになりました。

そんな私に、衆院選落選に続き与えられた次なる試練は、「網膜剥離」でした。

ようやく選挙の後始末を終えて、事務所も自宅も新体制に整え、さぁこれから思い切り充電期間を充実させるわよと張り切り始めた矢先の11月20日。

朝から急に右目の視野が欠けてきて💦、翌日にはその範囲がぐっと広がって。

昨年同時期に白内障のオペをしているので、当初はレンズに何かが起きているのだと思い込んでいたのですが。最寄りの眼科で診て貰ったところ、

医師「あ、これ完全に剥がれてるね」

私「やっぱり!レンズですよね?」

医師「いえ、網膜です。あなた、間違いなく網膜剥離です」

私「じぇじぇじぇーーーーーーッ(゚o゚;」

と相成りました(T ^ T)。


(マミィの危機をものともせず、掘りごたつ近辺でもこもこゴロゴロしているちび太郎です♡)

実は私、19歳のころ初期の網膜剥離が発覚し、光凝固などの処置を受けたことがあったのです。

以来年に一度は検査を受けており、白内障のオペの際も併せて相談したり検査をして頂きました。そのときには網膜剥離に関しては特に問題はなかったので安心しておりましたから、今回視野が欠けてきても、網膜剥離のことはまったく頭に浮かばずにいたのであります。

予想外の診断に相当動揺しましたが、その医院ではオペなどは行っていないということだったので、深呼吸をして自分を取り戻し、白内障のオペでお世話になった先生にお繋ぎ頂くよう手はずを整えました。

白内障のオペを担当してくれた先生はとても感じが良く、丁寧に説明をして下さる方だった上、オペの成果にも感動し、当初右目だけ手術する予定だったのを左目も手術をお願いしたくらいのお方です。

羽村からは物凄く遠い病院なのですが、担当医のみならずどの窓口のスタッフさんも皆感じが良かったので迷うことはありませんでした。

久しぶりに訪れた病院は相変わらず皆さん対応が素晴らしく、「実は私、かれんさんに投票しました💕」と言ってくださる看護師さんもいらしたりして(実は昨年お世話になった際にも別の部署の看護師さんにそのようにお声がけ頂き感動したという経験あり)、気分よく診察・検査・入院手続きを進めることが出来ました(*´∀`)

先生の説明では2時間近くかかる大変な手術であり、痛みや腫れ、場合によっては出血も覚悟しなければならず、入院期間は1週間予定だけれど、退院後も1週間は下を向いて(゚o゚;自宅にて安静に努めなければならないのだとか。

点眼麻酔の後、眼球に直接注射をして麻酔をかけるけれど調整が難しく、何度か眼球注射をする可能性もあるという恐ろしい予告も・・あぁ・・・(;゚Д゚)!

確かに、33年前の処置の際も眼球に注射・・・したッ(;゚Д゚)!。

術後は視力の低下は免れないとのこと。せっかく白内障のオペで驚くほど世界が見えるようになったのに・・。


(その11/20、視野が欠けながらも共同親権についてブラッシュアップするための院内集会に参加しておりました。いつも温かく接して下さる社民党の大椿ゆう子議員がお隣にいらして熱心に聴き入っていらっしゃいました♡)

でもね、しつこいようだけれど、人間万事塞翁が馬。

もしも衆院選に当選していたら、初めての臨時国会をいきなりお休みしなければならなかった。いや、せっかく当選したのだからと国会を優先してオペを先延ばしにして、その結果失明していたかもしれない。

今回は落選していたおかげで時間がたっぷりあって、余裕をもってオペや静養に努めることができる。

しかも、うまくできているのだなぁと感心するのが、このタイミング!

先述したように、収支報告など選挙の後始末を終えて、事務所も自宅も新体制に整え、受任していた講演会を終えて、車などお借りしていたものをすべて無事に返却し、

「さぁ予定はまっさら‼これから思い切り充電期間を充実させるわよーーーッ!」

と張り切り始めた矢先だった・・本当にベストなタイミングだったのです。

選挙前や選挙中、選挙の後であっても期日の決まっている収支報告前などでなくて本当に良かった・・(;´∀`)

だから、この網膜剥離による戦線離脱期間も、後で振り返ったときに、あの時あぁなっていて良かったと思える時がかならずやって来るのだと確信しています。

怖いけど、しっかりと味わって参りますね。
行ってきまーーーッす☆