私の父は満州からの引揚者である。
祖父と祖母が命からがら父を連れ帰ってくれたおかげで、今私は日本人として日本で生きている。
こう聞いても、もしかしたら今や多くの日本人は意味が分からないかも知れない。分からないという方は #中国残留邦人 #中国残留孤児 #中国残留婦人 などというキーワードで調べて頂けたら幸いだ。
自身のこうした背景があるために、私は一般的な日本国民よりもアンテナが立っており、新宿区議会議員時代に区内在住の中国残留邦人について議会質問で取り上げたりもしてきた。
この問題から分かることは、軍隊は国民を守るのではなく国を守るためのものということ、
そして軍隊から見捨てられ、国から見捨てられてもなお、人は祖国に憧れを抱き、国に帰りたいと願うものということである。
様々な書を読む中で「落葉帰根~らくようきこん~」という中国の諺も学んだ。
帰国者に対しても棄民政策が取られてきたが、現在は不十分ながらも新支援制度が取られ、「帰国してよかった」「いまとても幸せ」という帰国者の笑顔が見られるのは幸いだ。
一方、依然として棄民政策が取られているのが『フィリピン残留日本人』である。
この問題は私自身勉強不足であるため、我が家から歩いていける距離にある ポレポレ東中野
で「日本人のわすれもの(小原浩靖 監督)がアンコール上映されている(8/4(金)まで)というので足を運んできた。
移民としてフィリピンに渡った男性たちが現地の女性と結婚して子どもを授かりながら、徴兵されるなどして家族をフィリピンに残さざるを得なかった。反日感情高まる戦後、日本人の妻や子どもと知られれば殺されてしまう危険があったため、取り残された家族は証拠となるような書類は捨て去り、人里離れて暮らして来た。
そのために、子どもたちは無国籍者となって苦難の人生を強いられてきたというのだ。
国の言い分としては、満州と違って国策ではなく移民しているために中国残留邦人とは事情が異なる(だから救済に消極的)というのであるが、国策として行われた戦争の犠牲者であることに変わりはなく、積極的に救済すべきなのは当然だ。
国民を保護しないのであれば何のための国家なのか。棄民国家ここに極まれり。
2023年現在、約500名の方が日本国籍を求めている。フィリピン政府は積極的救済のために尽力し、国連まで動かして日本政府にボールを投げている状態だ。日本とあまりにも対極的で、心底恥ずかしい。
敗戦から78年が経ち、高齢化が進む今一刻の猶予もない。
軍属と異なり民間人の戦後補償は一貫して受忍論を盾に認められておらず、日本政府は戦争被害者が全員死ぬのを待っているかのようだ。
こんな国のままで本当によいのだろうか?
遠く離れた国で、国に見捨てられてもなお、「私は日本人のお父さんの子だから、日本人。日本人として死にたい」と言ってくれる同胞を我々は見捨ててはならない。
映画のラスト、ポスターにもなっている赤星ハツエさん(1926年生まれ)が、帰国する撮影スタッフに日本語でこう声をかける。
「またきなさいね」
是非、多くの国民にこの映画を見て、そしてこの問題に関心を持って頂きたい。私自身、関わるべき新たな政策として学びを深めたい。
※ボランティアや賛助会員を募集中とのこと※
認定NPO法人 フィリピン日系人リーガルサポートセンター
NPO法人 中国帰国者・日中友好の会